京都こみち日記

こみちを歩く こみちに迷う 日々のこと

秋休み3

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 午前中2時間「歩く」という目的で外出。今日は携帯電話を携帯していたので、秋を撮る。過ちは繰り返しませぬ。なるべく。


 左:落ちている大量の銀杏を見て、塩をふって食べたい気持ちで胸がいっぱいに。炒るには、紙袋に入れてレンジでチン、ボン(爆発)がてっとり早いが、これだと真ん中まで火が通って乾燥してしまう。やはり昔風に遠火でコロコロ転がしながら炙る方が、外は香ばしく、中はトローリ熱々で、衝撃的な大人の味だ。


 中:彼岸花も町中のそこここに。子どもの頃は摘んで家に持って帰ったら家が火事いくと言われ自重していたが、大人になってからそれは迷信だと解ったので、イオリ(5歳)と共に摘み、従妹(イオリの母)の家に帰ったら、「家火事いくし持って入ったらアカン、アカン!」とわーわーと無下に捨ててくるように言われて、イオリ共々衝撃を受けた。ごくたまに白いタイプを見かけるとこれも綺麗で衝撃を受ける。

 
 右:イマイチはっきりしないが、一応花がついている水引の赤。この花を見るといつも昔の人のネーミングセンスの上手さに衝撃を受ける。納得の花だ。今の若い親たちも昔の人のネーミングセンスをちょっとは見習った方がよいと思う。要は、自分の子ぉの顔をよう見て名前つけてやれ、ってこと。身の程を知らなければ。


 南国へ行って色とりどりのブーゲンビリアやハイビスカスを見ると強い衝撃を受けるが、日本の秋もまた、そこはかとない衝撃でいっぱいである。今夜は松茸ご飯、でありますように。