勝林院開創一千年紀慶讃法要
京都大原・勝林院へ。
堂内で行われた梵唄声明のその声は、まさに細胞の記憶にじんじん浸透してくる響きだった。一個人の感情や郷愁が揺り起こされるわけではなく、もっともっと太古からの生物の細胞そのものをふるわせる響き。この響きのご利益こそを法悦というのかもしれない。そう言えば先日真如堂で引いたおみくじに「悦事、良い」とあった。何の導きが知らないが、じわじわと日本音楽の源流の深みにはまってきた気がしてならない。いや、細胞が覚えてるんやから元々わたくしの奥深くにあったのか。