京都こみち日記

こみちを歩く こみちに迷う 日々のこと

「響きの考古学」藤枝守著

響きの考古学―音律の世界史からの冒険 (平凡社ライブラリー) 篠笛をいくら吹いても飽きないのは、その音階が、開国後に西欧から入ってきた俗に言うドレミ(平均律)ではないからなのだ、と今更ながら腑に落ちた。方言が好きなのも、その調子や響きが、篠笛でいうところの古典調やからやろう。逆に、ラジオやテレビや最近の音楽を聴く習慣が無いのも、そこは平均律で溢れているからかもしれない。なんか知らんけど、どれも同じに聞こえたり見えたりして、面白ろ味が無いのだ。すぐ飽きる。まさに藤枝先生いうところの「平均律の牢獄」に閉じ込められたように感じていたのだ。そういえば、物心ついて初めて覚えた曲?は、ギャテーギャーテーハーラーギャーテーという般若心経の一部だった。平均律のお歌より、日本家屋の仏間で、自然と、耳に身体に入ってきた調子だった。
 筆者の藤枝先生(九大大学院芸術工学大学院教授)が作られた、クラヴィコードという楽器で演奏される「植物文様」という曲を、ぜひ聴いて、その響きを体感してみたい!!